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「いま、そしてこれからの物語とデザイン」TIDE ACADEMY vol.3イベント詳細レポート

今秋、『WIRED』日本版編集長の松島倫明氏と芥川賞作家の上田岳弘氏をお招きし、quantumにて行われたTIDE ACADEMY vol.3。テクノロジーが急速に進化し、人間の生活が大きく変化する現代、時代の潮流を作り出す二人のオピニオンリーダーとともに、「いま、そして、これからの物語とデザイン」について考える有意義なセッションになりました。

イベントは2部構成で行われ、第1部では来るべき次の社会の「物語」をWIREDを通して我々に示す松島編集長と、現代を「物語」として活写する上田氏に、上田氏の最近の著作『ニムロッド』(第160回芥川賞受賞作)と『キュー』についての解釈を交えながら、「物語のデザイン」と、そこから覗き見える未来について語り合っていただきました。

IT企業役員と小説家の二つの顔を持つ上田氏の作品にはしばしば最新のテクノロジーが重要なテーマとして登場しますが、セッションでも『ニムロッド』のテーマであるブロックチェーンに関する話題を皮切りに、

「インターネットというテクノロジーが登場してこの約30年近く、人と人が繋がった時に水平につながることは可能なのか、結局一つの垂直方向(に支配する軸)があったほうが安定するのかという壮大な社会実験をやっているんだと思っている」
「ブロックチェーンが出てきて、今度こそは、価値のインターネットこそはちゃんと水平方向に民主化されるはずだとみんな期待しているけど、また気がつけば同じように(垂直方向に)世界を統べようとする動きが出てくるのではないか」
「テクノロジーの進化によって、ローカルかつすごく個人的/具体的な動きがすぐさま世界とつながるようになった。(ギリシャ神話の)ゼウスがこう思ったから世界がこう変化しました、みたいな神話の頃に近い状態とも言える」
「テクノロジーによる均質化への抵抗、反作用として、ローカルに閉じこもろうとする力が生まれている(トランプ大統領による国境の壁建設やブレクジットなど)。一方で均質化に抵抗しながら、とはいえローカルに閉じこもらないポジティブな未来の物語を語っていこうという動きもあって、これをどう実装していくかが課題」
など、刺激的な議論が展開されました。

続いて第2部では、引き続きWIRED松島編集長とquantumチーフデザイナーの門田慎太郎による、「物語とプロダクトデザイン」に関するセッションを実施。

最初に門田から、普段デザイナーとしてプロダクトをデザインする際に物語をどう考えているか、どう応用してアウトプットに落とし込んでいるかについてquantumがデザインの思想部分から全面的に関わったmoltenの日常に溶け込むクルマイス『wheeliy』の事例をベースに紹介、その後、松島氏とのセッションが展開されました。

ここからは、当日のセッションの様子を一部抜粋してお届けします。
進行役はquantumチーフクリエイティブディレクターの川下和彦が務めました。

物語とプロダクトデザイン

門田:quantumチーフデザイナーの門田です。第二部のテーマは物語とプロダクトデザインということで、まず最初に、普段僕がデザイナーとして物語をどういう風に捉えて仕事しているかをお話しできればと思います。

松島さんの前で物語とは、という講釈を垂れるのは恐縮なのですが、物語は
・ストーリー(客観的な情報)
・コンテクスト(文脈/ストーリーの背景)
・ナラティブ(言説/客観的な情報を主観的にどう解釈して話をするか)
という3つの要素から成り立っていると自分は思っていて、
落語家の仕事を思い出してみるとすごくイメージしやすいのですが、落語家が物語を語る時に、同じ演目(ストーリー)でも、登場人物の描き方(コンテクストをどうナラティブに落とすか)によって物語が喜劇になったり、お涙頂戴になったりする、そういう構図があると思うんですが、ここで登場人物に憑依して物語を語る(ナラティブ)ということを落語家はやっていて、このフレームワークって実はデザイナーが普段やっていることに近いんです。

デザイナーが仕事をする時、最初に与えられる課題というのはストーリーの形をとっていることが多いのですが、「新製品が売れない」とか「A地点からB地点までできるだけ早く移動したい」とかそういう課題を与えられた時、デザイナーは課題というストーリーの中にある文脈にいるユーザー、登場人物を深く考えることからはじめます。

ユーザーは普段どんな生活をしているか?どんな社会的文脈の中で生きているのか?どんな精神状態か?など、ユーザーをどう解釈するかによって、最終的に派生してくるプロダクトの方向性は大きく変わってくるのですが、その構図は先ほどの落語家の例と似ていると感じています。

ユーザーの課題に対するナラティブを、その人たちが語る問題意識を正しく理解して、自分自身のナラティブとして(ある種憑依して)形にしていく。それが、デザイナーに求められることだと僕は考えています。

quantumのデザイン事例:「Wheeliy」を通じて

門田:ここからquantumの最近のデザイン事例を紹介します。

バスケットボールやサッカーボールで有名なメーカーのモルテンさんから同社の医療福祉機器事業の新規事業として車椅子を作りたいという依頼をいただきました。開発チームを組んだのですが、自分も含めチームに車椅子ユーザーがいないので、徹底的にユーザーを理解しないとまずいな、という思いを持つところから開発がスタートしました。

この時、カスタマージャーニーを描く、定量調査をするといった不特定多数のユーザーに集約的なソリューションを提供するような手法ではなくて、自分たちでナラティブデザインと呼んでいるデザイン手法を取りまして、それは車椅子ユーザーである障害者一人一人が一人称で語るストーリー、先ほどの話でいうナラティブをしっかり引きだして、課題発見をして解決につながるデザインに落とし込んでいく、というものです。
医療業界におけるNarrative based medicineという考え方を参考にしている部分があります。

数十人のユーザーさん、有識者の方々にヒアリングして見えてきたことが、全ての人に当てはまるわけじゃないですが、車椅子の方の生活は大きく 絶望→努力→適応→欲求 という4つのステージに分けることができるということでした。

説明していくと、まずはじめに<絶望期>というのがあります。一言でいうと、「お先真っ暗」な状態です。ある日いきなり事故に遭うなどして車椅子の生活になってしまった。当然予備知識なんてないし、自分にあった車椅子なんて想像もつかないし、車椅子との生活がどんな風になるのかすらわからない。
それで結局大半の方が、お医者さんがこれがいいと手配してくれる、病院に業者が入れている車椅子を受動的に購入するわけです。

そこから<努力期>というのに移行しまして、すすめられた車椅子をとりあえず買って、乗ってみるんですが実際生活が始まると思うようにいかないことっていろいろあるんです。
病院の床はつるつるで動かしやすかったけど、外はガタガタで走りにくいとか、あと、長時間乗ることになるので、クッションも非常に大切なんですが、初めはわからないので適当なクッションを買ってしまったら、乗り心地悪くて、腰も痛くなってしまって、最後は床ずれを起こしてしまったりする。そういうフラストレーションの溜まる時期があります。

そこを抜けると、車椅子生活にもある程度慣れて<適応>するステージがくるんですが、好き嫌いでとかじゃなくて、生きて行くために自発的に車椅子のことを学習するようになるんです。ネットでパーツを買って車椅子をカスタマイズして乗りやすくしてみたり、パンクが嫌だから空気のいらないタイプのタイヤを買ってみたりとか。

それをさらに越えて行くと<欲求>のステージになって、この段階までくると、車椅子の生活の範囲を積極的に広げて、できるだけ外に出たい、やりたかったことを実現したい、そういう時期になってきます。そうなるとみなさん、電車とかタクシーとか公共機関をしっかり使われますし、外に出ることも多いので見た目のいい車椅子が欲しいね、とか、例えばカラオケ屋さんにいきたいけど車椅子用のトイレがあるところを知りたいとかそういう声が出てきます。

ユーザーヒアリングを繰り返す中で、最終的にみなさん外に出たいという方向に向かって行くのを感じたので、そこを後押ししてあげる車椅子を作ることに社会的に大きな意義があると考えまして、この<欲求>のステージにフォーカスした車椅子を作ろうと決断しました。

それで、車椅子で外に出て生活するというのはどういうことか深掘りしていくと、大きな問題が見つかりまして、自力での移動って、多くはご本人がどうにか解決できる世界で、例えばベッドから車椅子に自分で体を移して、車に乗り換えるとかっていうのは問題ないんですけど、もっと街の中に出て行こうとすると、タクシーに乗る時にタクシーの運転手さんに車椅子を畳んで積んでもらうとか、階段しかない場所で車椅子ごと持ち上げてもらうとか、どうしても他人の力を借りないといけない移動というものが出てくるわけです。他人の力を借りる必要があるシーンで「移動の分断」が起きているわけです。

そこで僕たちはseamless moveというコンセプトを掲げて、自力も他力も含めて、いままであった「移動の分断」のストレスからユーザーを解放する、究極に移動しやすい車椅子を開発することを目指しました。

開発したものがこちら(写真)なのですが、見ていただくと、デザインアクセントとして黄色いが入っていまして、これは見た目の問題ももちろんあるんですが機能としても重要な部分です。「利他的UX」と呼んでいるのですが、周囲の方が車椅子をどう操作すればいいか直感的に理解できるように考えてデザインしています。ユーザーが「この黄色い部分を持ってください」という言い方をするだけで、いままで車椅子のどのあたりを持って欲しいか丁寧に説明しなくてはならなかったことを「この黄色」っていう風にポイントアウトできることでコミュニケーションをかなりクリアにして、伝わりやすくする、そういうデザインを考えました。

さらにseamless moveの考え方を拡張して、パワーアシストモデルという漕ぐ力を電動自転車のように電動でサポートすることで長い距離の移動ができるようにするプロダクト、さらに長時間乗っても褥瘡(床ずれ)になりにくいパワークッション、暗い道での移動をサポートするアームレストライトなどの機能を追加で開発しました。

この車椅子は「Wheeliy(ウィーリー)」という名前です。最後のiとyが、私(I)とあなた(you)を意味していて、障害を持つ私と健常者のあなたがseamlessに繋がる社会を実現するというビジョン、大きな物語をイメージしてこの名前を付けました。健常者が障害者に対してサポートできることって本当はもっとたくさんあると思うのですが、その間に車椅子がインターフェイスとして存在しているとしたら、その車椅子のUXが悪いとどう手助けしていいかわからなくて、その結果壁ができてしまうこともある。だから車椅子のUXを改善してあげるだけでも、障害者と健常者が自然と混じり合った社会というのが作っていけるんじゃないかと、今回のデザインを通して考えています。

僕がデザイナーとしてイノベーションに必要だと感じているのが、デザイナーが作るものは、一つのプロダクトに過ぎないんですけど、その先にどういう社会を実現したいのかという強いビジョンを持つこと、パッションをもって突き進んでいくことでして、今回の「Wheeliy」のデザインは、それを説明する良い事例かなと思いましてちょっと長くなりましたがお話させていただきました。

川下:ありがとうございます。

第1部のセッションに出ていただいた上田岳弘さんにインタビューさせていただいたことがあるんですが、小説って僕は仮想の世界のことを書くと思っていたのですが、上田さんは「現代を活写しているんだ」とおっしゃられたんですね。バベルの塔とか、ビットコインとか、そういうモチーフを決めて今を活写している。それを上田さんの語り口で、物語を紡いでいるのだということをお聞きして、それを聞いたときに、僕らがquantumで日常やっていることも、それに近い部分があると思ったんです。

門田がお話しした車椅子の例で言うと、単に車椅子を作ろうと思うと、座り心地がいいとか、漕ぎやすいとかそういう風になると思うんですけど、今回は「どういう物語の中にこの車椅子が存在すると、幸せな未来が描けるのか」ということをまず考えたわけです。その物語の登場物であるとしたら、どういうものがふさわしいのかという、物語を紡ぐところから生まれてきたのが今回の「Wheeliy」なんです。

ユーザーに聞いて、じゃあここをこう直せばいいんだよね、ということではなくて、ユーザーのナラティブに対してデザインの解釈を加えることによってこういう車椅子ができたと思っています。

ここからは、再びWIRED松島編集長にマイクをお渡しして、ナラティブの実装としてのプロダクトデザインについてトークを進めていただきたいと思います。

ナラティブの実装としてのプロダクトデザイン

松島:ありがとうございます。プロダクトデザインの考え方って僕もすごく知りたかったので、勉強になりました。ここ10年ほどスペキュラティブデザインみたいなことが言われていて、人間中心主義でデザインを考えようという流れがあって、ある種のペルソナ、パーソナルストーリーを掘り下げることによって、解答というよりは問いを見つけるんだ、みたいなことをスペキュラティブデザインの人たちは言ってきているんですけど、

ナラティブデザインでしたっけ、最初におっしゃっていた今回の手法が既存の定量調査やカスタマージャーニーと違うんだという部分、そこをもう一回ご紹介いただけますか。どう他の手法と違うのか、どういう風に今回特に意識されたのかなというか。

門田:そうですね、ナラティブデザインという手法では、ユーザーと対峙して一対一で一人称で語ってもらうことをやっていて、それってじゃあdepth interviewとなにが違うんですかという疑問もあると思うんですけど、depth interviewをやる時って課題が既にそこにあって、ある程度の仮説を持てているものなんですけど、今回ぼくたちがとった手法というのは、課題がどんなものなのか明確になっていない状態でナラティブを聞き出して、それを元にある種の課題発見からやっていくっていうところを組み込んだんですね。

松島:なるほど。

門田さんが冒頭おっしゃっていた、「物語とは」の説明も勉強になったのですが、WIREDでいうと、意味と文脈を与えることがWIREDの使命だと創刊者のルイス・ロゼットが言っていて、なのでどういう文脈を見出すとストーリーが成立するんだろうということをよく考えてるんですけど、WIREDも0から1を作るイノベーションの領域にずっといる中で、今回「実装特集」をやったのって、どちらかというと0から1を作る部分より、結局その1から10を作る実装のところが大切でそこで結構みんな失敗してるんじゃないかというかという思いがあって。

1から10を作る実装のフェーズで何が大切なのかと考えると、門田さんの説明の中で一番下にあったナラティブっていうところで、一体誰が(何を)語ったのか。ある程度属人性があるところだと思うんです。

ナラティブなデザインと言うと、問題意識ってかなり属人的で、でもプロダクトデザインってプロダクトにおとしこむわけじゃないですか。一つ一つ違うものというよりは、5000個とか10万個とか作るわけで、ある種ユニバーサルなものが求められますよね。ナラティブというすごく属人的なものからプロダクトに落とす道筋って難しくないでしょうか?

PHOTOGRAPH BY WIRED.jp

門田:まさにおっしゃられた通りで。背反する部分は正直あって、ユーザーにはナラティブを吐き出してもらう、十人十色課題が違うはずで、デザイナーはそこに憑依して、彼らのナラティブを自分のナラティブにしてプロダクトに落とすのですが、最終的に10台の車椅子は作れない、というジレンマはあって。それどうするかっていうのはあるんですけど。

松島:それはもう常なる悩みですか?

門田:そうですね。ユニバーサルデザインという言葉が持て囃された時期がありますが、本当の意味でユニバーサルデザインっていうのは難しいと思います。誰にとっても使いやすいって、裏を返せば、誰にとっても使いにくいとも僕は思っています。
そこでじゃあどうやって(十人十色のナラティブを受けて)これだ!って自分のナラティブを言い切るかというのは…そこはもう直感ですね。

松島:先ほどのご説明の中でもう一つ、UXという言葉が出てきて、UXってある種のストーリーというかナラティブというか、今回でいうと車椅子の中の黄色い部分がものすごくいろんなことを物語っているわけじゃないですか。今回このプロダクトデザインそれ自体が門田さんのナラティブでありその思想がUXに繋がっているんだと思って聞いていたんです。

よく聞く例えで、何十個もボタンの付いたテレビのリモコンは何も物語ってないんだけども、アップル的なデザインは見ただけでわかる。製品に何を語らせるのか、というのが僕らがWIREDで今回「ナラティブと実装」という特集をした時のある種の問題意識でもあって、それこそがまさにプロダクトデザインをされている方々が常に格闘していることだと思うのですが、テクノロジー的にできるからってやっちゃうと、結局ボタンが35個くらいついてるリモコンみたいなものが出来ちゃって、これが一体誰を幸せにするんだろうっていう。

テクノロジーが先走るんじゃなくて、このプロダクトがどういう物語の中で存在するべきなのかという、ナラティブから先に入ることというのが実は最終的にそのプロダクトがテクノロジーを実装する時に重要なんじゃないかと思うんです。

門田:テクノロジーの話で言うと、昨今車椅子って電動化が進んでいて、フル電動でフューチャーモビリティなんて呼ばれるそういう世界もあるんですけど、「Wheeliy」が語っている製品としてのナラティブがあるとしたら、あえて自分で漕ぐ、自走にフォーカスしてるということがあります。フル電動に乗ってしまうとやっぱり体を動かさないので筋肉量が落ちて病気になりやすいというファクトがあるので、「Wheeliy」を選ばれる方っていうのは、自分の残存機能をまだ活かして自分の手で漕ぎたいという方(それができる方)ということで、モルテンさんも「From the inside out」というブランドステートメントを掲げているように自分の力で外に出ていく部分を応援していくっていうストーリーがあります。なので、プロダクトのスタイルとしても高揚感のあるデザインにしていて…

松島:これめちゃめちゃかっこいいですよね。

門田:ありがとうございます。高揚感のある、感情を揺さぶるような、外に出たくなるようなデザインにしています。

松島:今度WIREDで「ディープテック」特集をやるんです。ディープテックっていろいろな定義があるんですが、ソーシャルイシュー/社会課題を解決するためのテクノロジーをディープテックと呼ぼうとWIRED編集部では考えていて、

例えば気候変動の問題にどう取り組んでいくかもそうなんですけれど、こういうある種のハンディキャップのある人を社会の中でどうインクルージョンしていくのかも大きな社会課題だと思うんです。
社会課題に対して、最新のAIとかエクスマキナのようなロボットじゃなくて、いわゆる使い古された枯れたテクノロジーみたいなものが、横展開することで課題解決に繋がるんだったら、それもディープテックだよねみたいに考えていまして、この「Wheeliy」も、フル電動にしていくっていう考え方もある中で、そうじゃなくて自分の腕で押していくことが車椅子ユーザーにとってのウェルビーイングにつながることだと考えると、そういった、テクノロジーをどこまでプロダクトに実装して、どこまで存在を薄めていくか意識されていることってありますか?

門田:車椅子を開発する中でよく聞いた言葉で、体の一部だっておっしゃるんですね、みなさん。
そうしたときに、フル電動化して何でもかんでも楽にやっちゃうことっていうのが、本当にウェルビーイングなのか?テクノロジーで解決しちゃうことがウェルビーイングにつながるのか?っていうところは、すごく意識しました。

足が動かなくなった方が、この車椅子に乗ったとき、もう一度自分の力で移動したいという思いをどこかで持っているんじゃないか。その思いと、腕で車椅子を漕ぐっていうことは、つながっているんじゃないか?テクノロジーでフル電動化して指先だけで移動できることが(「Wheeliy」のような車椅子を選ぼうとする人にとって)本当の満足、幸福につながるのか?自分で動かすということこそが車椅子生活の中でのウェルビーイングになるんじゃないかと考えたりしていました。

松島:世の中を見ると、テクノロジーで実現できます、これやると便利ですっていうものがどんどん実装されている気がして、まさにそれが身体性を奪っているという議論になっていてそれは世の常かもしれないんですけど、そこに対してプロダクトデザインってどういう風にある種”抗っていく“のか、どういう風にデザインが本当の意味での人間中心主義みたいなことに応えていけると思いますか?

門田:昨今デジタルトランスフォーメーションということがよく言われていて、なんでもデジタル化することが正義というか流行りですけど、僕はプロダクトデザイナーでいることのプライドとして「目の前に物体として在ってさわれるもの」の価値は、ずっと追い求めていたいなとは思います。

その価値がいつまで続くのかはちょっとわからない部分もあって、本当に「攻殻機動隊」みたいなことが現実世界に起きてきたらどうなるのかわからないですけど…

門田:(笑)そういう物理性とか身体性とかっていうのはおっしゃる通り、デジタルのブーストと反動的に価値が上がっていくというのはあるのかなとも思います。

松島:9月頭に今年40周年を迎えた、オーストリアのリンツで開催されるアルスエレクトロニカというメディアアートの祭典に行ってきて、今年のテーマがミッドクライシス・オブ・デジタルレボリューション、デジタル革命も行き詰まってきていて、次はどうしようかというものだったのですが、特にバイオアートの展示が多くてやはりデジタルに対してもう一度フィジカルなんだけど、僕らがまだ目に捉えていないものをクローズアップしているような作品が多かったんですね。

人間がフィジカルな人間性に今一度光をあてようとしているんだなと改めて思って。プロダクトデザインもテクノロジーをどう捉えるかみたいなところでそういう視点で見ていくと面白いなあと思っているんですが、門田さん、時間が残り少ないようなので終わろうとしてるんですけど(笑)デザインに取り組んでいく中でこの先のプロダクトデザイン論のような、この次についてはどうお考えですか?

門田:やっぱりデジタルトランスフォーメーションの中で「実在」する意義、そこをどういう風に保存していくのかっていうのは考えていくと思います。僕はそこにすごく価値があると思っているので。人間は、身体的なものとして生まれてきているから、そこに対する愛おしさは消えないと思っていて、世界はデジタルなものにいま振られていっているけど、それだけじゃなくて、感じることも触ることも含めた、そういうものに回帰するようなデザインを追い求めていきたいなとは思っています。

松島:テクノロジーとかデジタルを使うことによって、人間がそちら側にふっと回帰していけるよう追いやってあげるというか、そういうものがこの先出てくるといいですね。というところで、本日はありがとうございました。

門田:ありがとうございました。

川下:松島さん、門田さん、ありがとうございます。少し付け加えるなら、このプロジェクトが始まるとき、モルテンの民秋社長と、眼鏡って、もともとは視力矯正器具なのに、今は生活に溶け込んだおしゃれなものとしてのカタカナのメガネになっているよねという話をしたんです。僕らがこれから作る車椅子も、生活に溶け込む、カタカナのクルマイスにならくちゃいけない。そうすることで、ユーザーと、周囲の人たちが普通に溶け合う街の光景を作っていきたいよね、と。

新規事業で車椅子を作ろうというと、ともするとテッキーだったり、未来っぽく、みたいな方向に引っ張られかねないんですが、それでは街の物語になじまない。街並みの中の一部になるクルマイスを作ろうということで、開発したのがこの「Wheeliy」だったわけです。

松島:ひとつさっき思ったのは、我々、「WIRED特区」というものを始めようとしていて、先ほど門田さんがお話しされていたseamless moveというビジョンをより拡げていくには、プロダクトだけでなく、街のひと区画を車椅子だけが動けるレーン、一車線全部seamlessレーンみたいな特区を作品的に作ってしまうのも、ある種ナラティブの実装なのかなと。

プロダクトデザインって領域がどんどん広がっていると思っていて、プロダクトだけじゃなくて社会のルールも一緒にデザインしちゃうというか、そういうところで我々の特区でもご一緒できたらと思いました。

川下:旅館の建て増し的に、プロダクト自体に手を加えていくのではなく、我々もそれこそタクシー会社さんとseamless moveを導入いただく上でのリテラシー、特区に入っていただく人たちのナラティブを変えていこうというところに取り組もうとしているところだったので、「WIRED特区」ぜひ、ご一緒できると良い流れを作って行けそうですね。

松島さん、ご来場いただいたみなさん、本日は、本当にありがとうございました。

Wheeliyについてはこちら
https://www.molten.co.jp/health/wheeliy/


登壇者プロフィール

松島倫明氏  (『WIRED』日本版編集長 )
1972年生まれ、東京都出身、鎌倉在住。1996年にNHK出版に入社。翻訳書の版権取得・編集・プロモーションなどを幅広く行う。2014年よりNHK出版放送・学芸図書編集部編集長。手がけたタイトルに、デジタル社会のパラダイムシフトをとらえたベストセラー『FREE』『SHARE』『MAKERS』『シンギュラリティは近い』のほか、15年ビジネス書大賞受賞の『ZERO to ONE』や『限界費用ゼロ社会』、Amazon.com年間ベストブックの『〈インターネット〉の次に来るもの』など多数。18年6月より現職。

上田岳弘氏  ( 小説家 )
1979年、兵庫県生れ。早稲田大学法学部卒業。2013年、「太陽」で新潮新人賞を受賞しデビュー。2015年、「私の恋人」で三島由紀夫賞を受賞。2016年、「GRANTA」誌のBest of Young Japanese Novelistsに選出。2018年、『塔と重力』で芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。2019年、「ニムロッド」で芥川龍之介賞を受賞。著書『太陽・惑星』『私の恋人』『異郷の友人』『塔と重力』『ニムロッド』。新刊『キュー』。

門田慎太郎   ( quantum チーフデザイナー/クリエイティブディレクター )
1980年生まれ。Parsons School of Design Product Design学科卒業。2012~2015年LENOVO JAPAN 株式会社で、インダストリアルデザイナーとして、 ThinkPadシリーズのハードウェア、UXデザインを担当。 2009~2011年、2015~ 2018年デザインオフィスnendoで、 プロダクトデザイナーとして、家電製品、インテリア家具、 体験型イベントスペースなどのデザインを担当。 主な担当クライアントに、日本コカコーラ、KOKUYO、 SAMSUNG 等。2018年からQUANTUMに参画し、 世の中に新しい価値を生み出す新規事業の開発を、 デザインの領域から牽引している。Good Design, IF Design, Cannes Design Lions Gold賞 他。